ヌプリロ

お山のフリーペーパーPO!の編集長が気ままに書くブログ

5ヶ月くらい経ったんですか

5ヶ月くらい経ったんですか。
9月17日にリバーポートパークでバーベキューをしていたら三宅さんが倒れたと電話があった。看護師の友人に電話をして、これからどうなるのかよくわからないまま相談した。看護師は電話にすぐ出てくれて私の話を聞いてくれた。
8月23日にいつものように伊藤さんと三宅さんと焼鳥を食べて、そろそろ今月も誘わないといけないな、と思っていた時の突然の電話だった。
それから入院、手術となって、あっという間だった。熱田神宮にイレーネさんの安産の御守りを買って三宅さんのことをお祈りに行ったことを覚えている。
手術前後から息子さんと連絡を取らせていただくようになり、手術が終わって1週間後くらいだったか、病院に来ても大丈夫と言ってもらえたので、行ってもいいのかなと思いながらも行った。そのときは無事でよかったとずっと涙が出ていた。初めて三宅さんの奥さんに会って挨拶をした。
その2週間後くらいに病院に行ったら、前回とは見違えるほど回復されていた。驚くほど回復されていた。
三宅さんが退院してしばらくして、11月くらいに伊藤さんの動画とイレーネさんの動画を送った。
それから三宅さんと私はメル友になった。年末や年始や特に用もないのにメールをした。近況を意味もなく報告した。
病院でもメールでも山の話は一切しなかった。そしたら先月のメールで、2月に鳩吹山に行くと言う。山に行くんだ、と私は思った。
鳩吹山に登られる数日前に電話をしたら、8月の焼鳥の時と同じ三宅さんだった。最近はどうですか、ビールは飲んでいますか、公園の散歩はどうですか、と話した。
鳩吹山に登られる当日の午前中、私は関市で最新号の撮影をしていた。撮影を終えてそのまま鳩吹山に向かった。まだ三宅さんは来ていなかった。しばらく待っていたら車が2台着いたのが見えた。遠くから手を振ったら三宅さんも手を振ってくれた。急いで歩いて三宅さんのところへ向かった。会うとすぐにリュックをごそごそして私に紅白まんじゅうをくれた。
「以前のように登れるようになろうと思わない、これからまた新しく登るだけだ」とみんなの前で挨拶をした。
私は一緒に登らず、そのままハトブキ山カフェに向かった。
元気になってよかったです。私よりもしっかりしている長男さん三男さん本当にありがとうございました。